年末の奈良の国宝巡り

「年末の奈良は空いている」ということで、平成24年12月29日、30日、31日(大晦日)、奈良へ行ってきました。
普段ですと、修学旅行の学生旅行ツアーで混雑し、国宝の建物や仏像を見学するのに、相当、並ばなくてはならないそうです。

29日の初日は、平城京跡の朱雀門を見学した後、お目当ての阿修羅像を拝観したくて、心ワクワク。阿修羅像は興福寺国宝館にあり、並ばずに、2mぐらいの近くで、観ることができた。
阿修羅は戦いを好む鬼神だが、興福寺の像は憂いをふくんだ少年の面差しで表現されており、夏目雅子にソックリだ!

五重塔(国宝)も、いにしえの都・奈良の象徴といわれる通り、おおらかで優美な印象があった。

春日大社本殿(国宝)は、朱塗りの南門をくぐると周囲に回廊がめぐらされ、春日造の4棟の本殿が並んでいた。回廊に、1,000個以上の釣り燈籠が並び、本殿へ続く参道も2,000基ともいわれる石の春日燈籠が立ち並び壮観だった。

30日の2日目は雨でしたが、吉野山の金峯山(蔵王堂)へ登ると、山並みがうっすらと、白いもやの中に浮かび、桜の時期は素晴らしい景観であることが予想された。
吉野の葛(くず)は有名で、土産物屋で買った葛菓子は旨かった。

次に石舞台古墳へ向かった。聖徳太子の時代の蘇我馬子の墓というのが通説。石舞台は巨大な石がむき出しになった古墳で、
数個の石で組み合わされ、天井部分の巨石の重さは77tと推定されるそうだ。
その前に立つと石屋として、機械の無い時代、どうやって巨石を運び、組み立てたのか、「ただすごい」の一言でした。

靴の中がグショグショでしたが、聖徳太子が創建した世界最古の木造建築法隆寺に着くと、その広さにビックリしました。18,700㎡(ゴルフ場)の広さの寺域に50余棟の建物がある。
金堂には法隆寺の本尊が安置され、五重塔、夢殿など国宝、重要文化財、寺宝など2,300余点にもおよぶそうです。
妻は最近、御朱印をいただくのを趣味としており、神社、寺に着くと、御朱印帳を持って飛び回っています。(見学は二の次)
注:旅行には、必ず妻(大蔵省)が同行です。

薬師寺は、今回の旅行の目的の一つで、薬師如来様にお願いがあったのです。友人が末期の食道ガンで余命がない。旅行の前日も寒川病院へ見舞いに行ったばかり。
薬師如来様に、「苦しまないように」「痛みがないように」とお願いしてきました。高田好胤氏の息子と思われるお坊さんの講話を拝聴し、安心して寺を出ました。

このあと、雨の中、唐招提寺(開祖の鑑真和上が祭ってある)へ向かった。傘が小さいのか体がデカイのか、防水性のないコートはビッショリ、やっぱりカッパを持ってくれば良かった。
ここの建物は、ほとんど国宝で、天平時代、僧が戒律を学ぶための道場として、創建された名刹。

12月31日(大晦日)、今日は晴れてくれました。
昨晩、ホテルで靴を必死で乾かしたので、足元はOKです。
経は、東大寺の大仏殿の拝観です。
昨日と打って変わって冬の青空、その中に壮大な大仏殿がデンと構えている。
大仏さんを観るのは修学旅行以来なので恐る恐る大仏殿に入り、大仏さんを見上げる。デカイ、すこくデカイ。これが1,300年も前に建立されたのだ! すごい!
二月堂、法華堂を急いで巡り、長谷寺へ。

長谷寺は、ボタン、アジサイが境内に咲く花の寺としても有名だが、この時期唯一、ボタンの花が多く咲いていた。長い階段を昇るとそこに長谷寺があった。
身の丈10m余りの「長谷観音」は、木造仏だ。

いよいそ、本日最後の室生寺。
この寺は、女人禁制の高野山に対して、女性の参拝を認めていたため、「女人高野」と呼ばれた。
階段から見上げる五重塔は、絵になる構図だ。
奥の院は、険しい急な770段の階段の上。
65才の木村が挑戦しました。
顔は必至の顔でしたが、ヒザは笑っていました。
到着、御影堂(重文)の前の御朱印のところにいたおじいさん(鈴木さん)は、58年も毎日登っていると聞いてビックリ。

今回の旅の石屋としての感想
建物の柱を支えているのは石(沓石)である。
つまり、古い国宝、重文を支えているのは石である。
石屋は、すごいと思いませんか?