<地震国・日本の原発に思う>  その2

チェルノブイリ原発事故から30年。(1986.4.26) この事故は、旧ソ連の原子力村にあった原発のノルマが先行し、質を無視する、無責任体質が起こした事故です。

例えば、コンクリート材の3,200㎥が行方不明になったり、到着分の6,000㎥はひどい欠陥品だったりする。基は制御棒の設計ミスが原因とする反応度事故だったが、建屋の不良構造が、事故を拡大してしまった。

事故のあった4号炉には、核燃料と建屋の建材など、高温で混じり合った危険な物質が今でも手つかずのまま残されている。これらの危険物はコンクリート等でつくられた「石棺」などで覆われているが、老朽化が激しい。

今年の11月、約2,000億円かけた「新シェルター」が、更にこの石棺を覆う。

30年経っても、危険物質の処理は一切行われず、放射能が外部へ漏れないようにするためだけに、数千億円という莫大な費用を無駄に使っている。実は、核のゴミを受け入れる場所も国もないので、仕方ないのです。

然るに、チェルノブイリをみても、原発は「安全・安い・クリーン」というのはウソであることがハッキリ見て取ることができる。

国際原子力機関(IAEA)などは、2005年9月に、事故に起因する死者の総数は4,000人と予測する報告書を発表したが、「過小評価とする」批判が根強い。

甲状腺がんや白血病ばかりでなく、様々な病気にかかる人が今も、増え続けているのだ。特に子供は細胞分裂が活発なので、放射線の影響を受けやすい。

近づいただけで人が死ぬ。使用済核燃料は強い放射線と熱を出す。そのため、コンクリートや金属で覆って、安全に保管しなければならない。毒性(放射線)が無くなるまで、10万年以上かかるそうだ。

フィンランドでは、世界初の放射性廃棄物の最終処分施設「オンカロ(隠し場所という意味)」を、地下深さ520mに建設中。自国の廃棄物で手一杯なので、当然、他国のものまでも受け入れられない。

地震の多い日本では、オンカロのような地層処分はできない。じゃーどうするのだ!何の手当ても出来てないのだ! トイレの無いマンションと同じだ!

30年経ったチェルノブイリ原発から学ぶことが多いが、国や電力会社は、この恐ろしい現実を本当に学んでいるのか疑問だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

<地震国・日本の原発に思う>  その1

世界の地震の10%は日本で起きている。

アメリカには、世界最多の104基もの原子炉があるけれど、殆んどが地震の少ない中部東部地区に建てられている。

全国に2,000以上ある活断層の全国分布図を見ると、日本人は「ひび焼き」の陶器の上に住んでいるようなもの。

「地震のある所に原発はつくらない」は、世界の常識。ところが日本は、地震の無い地域はないのに、54基の原発があり、世界の原発の13%が集中している。

福島の事故が起こるまで、日本では政府や電力会社が盛んに「原子力、明るい未来のエネルギー」ーー(福島の被災地に掲示してある、世界一間違った標語)「原子力=クリーン」だと広報してきた。

東電の(安全第一)といいながら、(収益第一)、(経営第一)だった。

原発周辺15万人の住民の方々は、避難生活を5年も耐えて、今も続いている。多くの人が土地を追われて家を失い、仕事もなくなり、家族団欒など遠い夢。にもかかわらず原発が相次いで再稼働している。あれだけの出来事がもう「風化」しているのだ。

原発再稼働の受け入れは、地方財政にとって、新規の雇用や税収、交付金確保を求める、切実にして現実的な、選択なのだ。

ただし、いったん原発という「薬物」に手を出すと、一時何十億という原発マネーで潤っても、数年で次の原発が欲しくなる。

薬物中毒と同じなのが「原発マネー」です。

関西電力大飯原発3、4号機を巡り、福井地裁が再稼働の差し止めを命じた。この判決は、「国民の命と暮らしを守る」という観点を貫いていることだ。

「人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いを同列に論じること自体、法的に許されない」と断じた。

この判決は、再稼働にひた走る姿勢を、厳に戒めたといえる。